「これで残りの封印はあと一つ、……か」

 感慨深げにしいなが言った。その瞳は目の前の焚き火に集中している。
 いつも通り、コレットの天使疾患が治まるまで近くの広いスペースに陣を取っていたリフィル達はその言葉を聞くとはなしに聞いた。
 彼女がシルヴァラントに来た目的を考えても、その一言に含まれる意味合いは重大で気持ち一つとっても計り知れない複雑なものがあるのだろう事は想像がついた。だが、だからこそ敢えて誰も何も言わなかった。
 事態の渦中にいるはずの少女は、ロイドと共に少し離れた場所にいる。ここからでは向こうの会話は聞こえない――恐らく、向こうからもこちらの会話は聞こえていない。少なくとも、ロイドだけはそのはずだった。
 リフィルは今ここにいる全員の顔を見回す。幼い弟は既に眠りの世界に誘われていて、隣ですうすうと健やかな寝息を立てていた。

(まったく……、わたしの立場も因果なものね)

 一番近くで火に当たるしいなは驚きの事実を打ち明けたばかりだった。
 なし崩し的に仲間になって、戦力としては申し分ないものの彼女がドジで良かったと思う。お人好しも手伝って危険な場所にもついてきてくれるのはいいが、もしその実力をこちらに発揮していたらと思うと気が休まらなかった事だろう。旅にはアクシデントがつきものだと理解しているが、想像以上の問題がここにはあった。
 様々な危機を、この女性と傭兵の男性に助けられてきた。
 特に男性の方は、始めからこの旅には欠かせない存在だった。神子となる少女から、ロイド達を置いていくと聞かされた時から。
 あの時の少女の言葉と決意を、今になっても当然だと思う。きっと自分でもそうしただろうから。
 この旅の、本当の意味での【終わり】を、自分は知っている。
 何も知らない少年と弟の純粋さが、どれだけ少女の心を軋ませているのか。出来ることなら、自分から真実を話したいと何度も思った。だがそれは許されない。何より、決して少女自身が許さない。
 だからせめて自分は、気取られないように、悟られないように――、妙なところで鋭い少年からも、守ってきた。
 守ってきた、つもりだった。

(でも、結局わたしもシルヴァラントの人間と同じなのね……)

 少女一人を見殺しにして、犠牲にして。そうして自分は生き長らえることが出来るのだ。――この、シルヴァラントという世界で。
 結局、何も出来ず卑怯なままなのは同じなのかもしれない。
 リフィルは溜息を押し潰す代わりに黙ったままの男性を盗み見た。自分のことは何一つ話さない、未だに謎の多い男――。

(……この人は、コレットが【天使】になるという意味を知っているのかしら……)

 ――否。当然のように、知っているのだろう。
 今までの発言の隅々から、そう取ってもおかしくないようなニュアンスが漏れている。それらと同時に、ますます判らなくなる男性の正体。
 未だ打ち解けようとしないその瞳は、何を見ているのだろう。

「……フィル。リフィルってば」

「えっ?」

「なんだい、ぼーっとしちゃって。何か考え事かい?」

 しいなの視線がこちらに向いていることに気付き、それと共に何度も呼びかけられていたらしいことに気付く。

「あ、ああ、ごめんなさい。わたし達も、もう寝ましょうか」

「ロイドとコレットが未だ戻ってないよ」

「……彼の二人の事なら心配要らないだろう。わたしが見張りをしている」

 控えめなクラトスの申し出は二人のことは放っておけ、と言っているようにも聞こえた。

「……そうね。じゃあ、お願いしようかしら。交代の時間になったら起こして頂戴」

「おやすみぃ〜、」

 弟の横に寝そべると瞼を閉じる。
 コレット達が戻ってこないことが急に気がかりに思えて、だがリフィルはそれを抑え込んで眠りについた。
 ――考えなければならない事が、本当は目の前に山積している。
 だが、これでいいのだと、このままで済めばいいと、願いながら。

今は唯、眠れ。