強くなってみせるから。
 わがままなんてもう言わないから。
 だから、だからどうか――。






「君は、何から逃げている?」



 初めて言われたその言葉に。
 戸惑いと同時に、微かな衝撃を受けたのも事実だった。


きっと未だ、言えない





「……限界、なのかなぁ……」

 自分で呟いた言葉が思ったより弱々しくて、ファラは胸の痛みを無視して押し込めた。

 この旅に出て、誰よりもずっと近くで見てきた。
 だからこそより盲目的に、確信的に解る。

 リッドは『強く』なっている。

(それなのにわたしは……)

 自分で自分の【罪】を押し込めて閉じこめて、見ない風にして目を逸らして。
 あの時レイスに言われた言葉が――、今は胸に突き刺さっている。
 自分では立ち向かっているつもりだった。けれど、本当のところは。

「ファラ?」

 後ろからかけられた声にはっとなって振り向く。

「なに? リッド。急かされても、そんなすぐには出来ないよ?」

 バンエルティア号の調理台の前。ファラはこれから捌くのだと見せる為に、獲物の足と包丁を持ってリッドに見せた。
 セイファートの第三の試練を受ける為にセイファートリングまで昇ってきた一行は、観測所を前にリッドとメルディの「腹減った」コールにより、暫し休息を取る事となった。
 キールは一人、目の前の偉大なる学術的研究資料探求に一刻も早く行くべきだと主張していたが、リッドの『大事の前の腹ごしらえ』の一言にあっさり陥落した。――試練を受けるのはリッドだという事を、キールもよく理解しているからなのだろう。
 試練の後から明らかに態度が変わったリッドに、キールなりに心配しているのかもしれない。
 考え事を気取られぬよう、ファラは無理に笑顔を浮かべた。しかしリッドはそんな仕種には目もくれず、真っ直ぐにファラを見つめた。

「大丈夫か?」

 一瞬、何を言われたのか解らなかった。
 ――衝撃が大きすぎて、見透かされたのかと焦り、動揺を隠す前にリッドの表情が和んだ。

「それ捌くの、一人じゃ大変だろ。手伝ってやろーか?」

 そうすればその分早く飯にありつけるしな、と満面の笑みを浮かべるリッドにファラは拍子抜け半分、心から安堵した。

「珍しいね、リッドがそんな事言ってくれるなんて。そうやっていつも手伝ってくれれば楽なのに」

「そう言うなって。悪いと思ったから手伝おうかって言ったんだろ?」

「もう、いいよ! リッドが居ると余計作業が進まないんだから。あっち行ってて!」

「へーへー」

 膨れっ面で、両手を腰に当ててみせれば、リッドを追い返すのに成功した。背を向けて歩き出したリッドにファラは知らず力を抜く。

 本当にびっくりした。
 見慣れたあの空色の瞳は、何もかも見透かしているかのようで。

(……まさか。そんなはず、ないよ)

 そんなはずない。ファラはもう一度自分自身に言い聞かせると両目をぎゅっと閉じた。
 ――まだ、言えない。
 まだ、その時ではない。勇気が出ない。心が悲鳴を上げそうなほど、怖いと全身から拒絶している。自分で自分の罪を認めてしまうことが、告白してしまうことが、拒絶される事とイコールだと信じている――
 それはとても正しい事で、けれど自分は、未だその痛みに耐えきれない。
 押し潰されそうなほどの罪の意識は、あの時からずっと抱き続けてきた。
 今更それを取り除いて、解放されることなど許されない――まして、リッドに告げる事など。
 赦されるはずがない。

(……だから、未だ……)

 リッドが試練を終えて強くなる度、自分との違いを思い知らされて。
 それでも未だ、言えない。
 ――だからこそ、言えない。

 メルディやチャットの夕食を急かす呑気ともとれる声に、だがファラは応えようとはしなかった。